初めてのカンファレンス

ATACカンファレンス2018京都に行ってきました!
に、僭越ながら私も参加させていただきました。

知らないこと、普段考えないけど当たり前なこと、発想、いろいろな面での気づきや、知らないことの勉強になりました。

そのうちの一つに、状況は変化していくもので、対応していかなければならないということがありました。

障がい種は違いましたが、同じようなことを複数の先生が言われていました。

単に対応しよう、だけではなく、社会に出てからも、対応していく必要があるけど、きちんと対応していくための協力を得られるとも限らないよね、というお話もありました。

これは、日本という国の特徴も、出てきてしまうところがあるように感じます。

和を貴しとして、和を乱すものは悪者、といった考えかた、多かれ少なかれ思ったことがある方がほとんどでしょう。

それが飛躍して、または心の余裕のないひとが出てきて、配慮や協力に対して、
なぜあの人は…とか、ずるいとか、自分の負担がとか、妬みや嫉妬をしたりとか、
配慮が必要だなんて甘えだ、自業自得だ、なんていう理解のないひとだっていたりします。

日本は、”違い”に対してとても非寛容です。
あいまいなままで、違いを個性として受け止められていた時代。
話をお聞きすると、その人はこういう人だから、というただの特徴としてうけとめていた時代があったようですね。

今の時代で、”その人はこういう人だから”という言葉を聞くのは、かなり特徴的な性格であるとか、立場が上で、あきらめの気持ちのこもった場合とかを想起します。

障がいだって、”個性”じゃないか。
そういう考えをする人は、まだまだ多くはありませんし、おそらく私自身も、飲み込み切れているとは言えないと思います。

考え方を変えるのはとても難しいですが、世界は、変化していくもの。
生きていくために、考え方も変化していくのは、ある意味当然ともいえるかもしれません。

それをしていくことが、お互い助け合い、個性として特徴を認めてもらう一歩になり、”違い”を許さない社会の風潮を変え、皆の気持ちも楽になるのではないか、そう感じました。