知らないと分からない

「知る」も「分かる」も、どちらとも理解するという意味では同じだと認識している。
ただ、会話の中で聞いていると結構 違う印象が持てることに気が付いた。
同じ赤色でも、どす黒い赤や目が痛くなるような赤があるように
同じ意味の言葉が与える・受け取る印象は違うのだ。
「知らないな」と聞いたとき、その人は真に知らないのか、分からないという意味で知らないと言ったのかを
考え始めると頭が痛くなる時がある。

 

知る・知っている状態とはどういう状態だろう。
私が思うに知るとは、単純に知識や情報を外部(見る聞く等)から自身に取り入れることだと思う。
ネットのニュースを流し見した・本や雑誌を流し読みした・噂をちらりと聞いた
その程度でも「知っている」くらいにはなるのだと思う。

では、分かるとは。
「知る」段階からさらに理解度を深めた状態、得た情報を自分で判断・判別できる状態のことを「分かる」というのではないだろうか。
説明書を読んだって、操作感がいまいちピンとこない。
ハサミは切るものだと知っていても、知っているだけでは切りやすい角度や刃の入れ方は分からない。
ただハサミと聞いただけでは、そのハサミが金属を切るに適したものなのかは分からないだろう。
「分かる」になるためには、ある程度の実体験が必要になるのだと私は思う。

また、分かる・分かっている状態にはある種、責任が伴うのだと思う。
あー分からないですねと言われたときと、知らないですねと言われた場合では
「知らない」と言われると、なぜだか無責任感だなあという印象を受ける。
責任者な立場の人に知らないと言われると、「え、責任者じゃないの?」と落胆してしまう。

 

分かるの前段階が知る。
本当に知らないのだとしても分からないと言い換えるのも手だろう。
「知らない」と「分からない」の使い分け方を見つめ直すと
哲学者になった気分になれるのでおススメする。